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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1273号 判決 1999年6月16日

原告

平山智晴

被告

和田博之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金八九五万四六三〇円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により損害を被ったとして、被告に対して損害の賠償を求める(附帯金請求は、事故の翌日からの遅延損害金である。)

二  本件事故の発生(当事者間に争いがない。)

1  発生日時 平成八年一〇月一四日午前九時三五分ころ

2  発生場所 神戸市北区長尾町上津所属中国縦貫自動車道上り三五・八キロポスト先路上

3  加害車両 普通乗用自動車 姫路三三ろ六二一二

運転者 被告

4  被害車両 普通乗用自動車 足立三三る三五七五

運転者 大城正(後記6の(1))

同乗者 後記6の(2)ないし(8)の七名(内田優、前浜正安、知花司、古堅稔、呉屋哲也、新垣政十郎、喜友名大介)

5  事故態様

加害車両が事故現場付近を東進中、中央分離帯に衝突しそうになって、あわてて左に急転把し急制動したことから、左前方に暴走し、折から左側車線を同方向に進行していた被害車両の右側後部に衝突した。このため、被害車両は、右側前方中央分離帯に衝突したうえで横転した。

6  結果

被害車両運転者及び同乗者は、次のとおりの傷害を負った。

(1) 大城正 加療五日間以上を要する頭部打撲等

(2) 内田優 加療二週間以上を要する右肩鎖関節脱臼等

(3) 前浜正安 加療五日間以上を要する頭部打撲

(4) 知花司 加療二週間以上を要する頭部外傷等

(5) 古堅稔 加療三週間以上を要する頭部挫創等

(6) 呉屋哲也 加療二週間以上を要する頭部外傷等

(7) 新垣政十郎 加療一週間以上を要する頭部外傷等

(8) 喜友名大介 加療五日間以上を要する腰部打撲挫傷等

7  責任原因

被告は加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していたが、本件事故は、被告が本件事故現場付近が降雨のために路面が湿潤して車輪が滑走しやすい状況にあったのであるから、適宜速度を調節し、さらには的確にハンドル・ブレーキ操作をしながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速九〇キロメートル以上の速度で進行して自車を暴走させた等の過失により発生したものであるから、民法七〇九条により、損害賠償責任がある。

三  争点

本件事故と原告主張の損害との因果関係、損害の妥当性

四  原告の主張

1  営業損害 金八一五万四六三〇円

(一) 原告は「智鉄筋」の屋号でかねてから建築業を営んでいるところ、右被害車両の運転者及び同乗者は、すべて原告の従業員であって、原告の業務として兵庫県吉川町の工事現場に向かう途中で本件事故に遭い、前記傷害の治療期間中、いずれも休業を余儀なくされた。

(二) 原告は、右工事現場において、近藤建設株式会社との間で締結していた請負代金額三三一七万七六〇〇円、工期は平成九年三月末と約定された鉄筋工事を、右被害者らのグループによって遂行中であったが、本件事故による右被害者らの負傷と治療のために工事が全面的にストップし、これが長期に亘ったことから、工期を遵守することが不可能となり、平成九年一〇月末をもって近藤建設株式会社からの請負契約解除の申入れを受け入れざるを得なかった。

(三) 原告は右請負代金のうち本件事故までの工事完了分の八四六万六六〇〇円を受領したのみで、残代金二四七一万一〇〇〇円を得ることができなかった。

(四) 右工事の利益率は少なくとも三三パーセントであるので、原告が失った利益は、金八一五万四六三〇円を下らない。

(五) 企業損害についても、企業の組織、活動内容、侵害の態様、被害の内容・程度等を総合的に勘案し、損害の公平妥当な負担の見地から、侵害の違法性の有無を判断すべきである。

原告は、従業員二三名のうち三分の一以上に当たる八名もの従業員が重篤な傷害を負い、しかも業務を行うにつき最も重要な役割を果たす二級鉄筋技能士である内田が本件事故の後遺障害により稼働することが困難となったこと、原告の他の従業員は他の現場に入っており、代替作業が困難であったこと、同様の資格を有する者はたやすく採用できないことからすれば、原告の損害が填補のないまま放置されるべきではない。

2  弁護士費用 金八〇万円

原告は本件訴訟の提起により、代理人弁護士に右金額の弁護士費用を支払うことを約した。

五  争点に関する被告の主張

1  原告の主張は、典型的な企業損害であり、本件事故と相当因果関係がない。

他人を使用して収益を挙げる者は、公平の原則上、当然に、その他人を使用することに伴って生ずる様々な危険をも自ら負担すべきである。人を雇うことによって得られる利益だけ自分のものとしつつ、拡大した活動から生じる損害だけ他人に転嫁することはできない。

2  被告車両が原告車両と衝突することによって原告車両に同乗していた者が負傷したり車両が破損したりすることによって生ずる損害については通常損害と言えるが、それ以外に原告車両に同乗していた者の使用者に生ずる営業上の損害等は特別損害であって、予見可能性はない。

仮に従業員に対する加害行為に関して雇い主の営業上の損害の請求が認められるとすれば、それは雇い主の営業自体に対する加害する目的で故意にその従業員に対して加害する場合など特殊な場合に限られる。

第三判断

一  証拠(甲六ないし一三、一六、一七、二三、二四の1、2、二五、三二、三三、三六の1、2、三七の1、2、三八ないし四一、原告本人)によると、原告はかねて「智鉄筋」の屋号で建築工事における鉄筋加工工事の請負業を営んでいたこと、従業員は当時二三名であったこと、このうち八名が一つのグループとなって、当時原告が近藤建設株式会社から請け負っていた兵庫県吉川町における「オートバックス」の建物の建築工事のうちの鉄筋工事を担当していたこと、この八名が一台の車に乗って、従業員の宿舎として原告が借りていた大阪市内のマンションから右工事現場に赴く途中に本件事故に遭い、全員が負傷したこと、右負傷した従業員らは、数日間から十数日間、西宮市内の病院に通院ないし入院し、症状が軽快すると、それぞれに沖縄県の自宅に帰ってリハビリを続けたこと、最も症状の重かった内田は西宮市内の病院で手術を受けたあと大阪市内の病院に転入院し、年明け後に、沖縄でリハビリのための通院を始めたこと、鉄筋工事には、鉄筋技能士の資格を有する技能者が不可欠であるが、原告が擁していた技能士は、原告自身と、原告の父及び内田の三各だけであったこと、原告は当時他にも複数箇所の工事を請け負っており、急に右吉川の工事現場に人を回すことはできなかったこと、このため、原告は、発注者の近藤建設株式会社から一〇月末をもって、請負契約解除の申入れを受け、これを承諾したことが認められる。

右事実からすると、原告は、本件事故により、右請負工事を解約されて、未完成工事分について得られたであろう利益を失うことになったと言いうる。

二  けれども、事故による従業員の負傷等により、雇い主が労働の提供を受けられないまま支払った立替え賃金などは、事故の直接的な損害と言うことはできるものの、その労働の提供を受けられないことにより、雇い主としての利益を挙げられないという損害は、間接的な損害に過ぎない。従業員を雇用することにより活動を拡大している雇い主は、そのことによる危険をも自ら負担すべきであり、労働の提供を受けられなくなった場合においては、速やかに他の代替措置を取ることにより損害の拡大を防いで自らの利益を維持すべきものである。それを果たせる状況にあったか否かは、個々の雇い主の努力により異なってくるのであり、果たせない雇い主にのみ損害賠償請求権があるとするのは妥当ではない。当該雇い主は、労働関係を維持する負担もないまま、単に利益のみを享受する結果となる。所詮間接的な損害に止まる雇い主の損害は、相当因果関係を欠くものとして、不法行為法による救済の外にあるというほかない。

三  よって、原告の請求は理由がないものとして、これを棄却することとし、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

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